喉頭がん名医と手術と日常



喉頭がん名医に手術をすることを勧められ、心は戸惑っていました。
これまで身体にメスを入れられたことなどなく、平平凡凡と暮らしてきたつもりです。
ニュースでは時々医療ミスが報道されてはいましたが、それも遠い世界の話のようでした。

それが、いざ喉頭がん名医から手術をしたほうがいいと告知されると、それによってどういった結果につながるか、確信を持てずにいたのです。
もちろん、病気が発覚した以上、何もせずに放置しておくわけにもいきません。
治療をしなければ症状は悪化していく一方ですし、手を打たないわけにはいきません。

そう頭では理解できていても、なかなかすんなり受け入れることはできません。
リスクを抱え込むということは、これまでの暮らしでは馴染みのなかったことです。
安全で堅実に、間違いのない生活を選択してきたつもりです。
それが、病気によって唐突に深層にある心理にまで到達せざるを得ない状況に追い込まれ、冷静でいることなどできずにいました。

殴りつけられたような衝撃。
こんなことがあるはずはないと否定する一方で、目の前にいる白衣の医師が喉頭がん名医であるという感情を覆すこともできない矛盾に挟まれ、現実逃避をしたいのに割り切れないというジレンマに陥りました。
何も感じずに病院で治療を受けることができれば、手術を承諾して心を乱さずにいられたらと願うものの、それが現実のものにはならないというもどかしさを抱えながらの暮らしは、決して心地よいものではありませんでした。

心の片隅にくすぶる頼りない期待、それは想定外の出来事によって、手術の必要などまったくなくなってしまうことでした。
診断ミスで、実は病気などではなかったとか、抗がん剤の投薬治療で十分対応できるとかいう知らせが届かないかと願ったのですが、喉頭がん名医の診断による宣告である以上は、そう簡単にまぐれなど起こらないということは自明のことです。
それなのに、諦めきれず、うじうじと悩み続ける毎日が続きました。

前進していかないとわかっていても、そのまま虚脱感に支配されて立ち尽くしてしまうような無力さを感じて過ごす毎日は、空しいだけのものでした。
眼前で診断してもらったのが、喉頭がん名医と思っているからこそ、ただ反論したり事態を不当なものだと吐き捨てられるものではありません。
一向に好転しない現状を前にして、うっぷんがたまってしまうのは当然ですし、その閉塞感はなみなみならぬものがあります。

ある考えにおいては、全てを受け入れて闘病生活を続けていかなくてはならないのでしょう。
手術も含め喉頭がん名医に思いのたけをぶつけ、その上で判断を仰ぐというのが、もっとも現実的な判断なのではないでしょうか?
これまでが健康だったからといって、病気にかかった今が以上で救いようがないわけではありません。

人間も動物も、生きていればケガもすれば病気にもかかります。
それらといかにうまく付き合っていくかというテーマは、誰もがいずれ直面しなくてはならないものです。
喉頭がん名医に手術を受けるとしても、もちろん不安は付きまといます。

だからといって、そこから目を背けることによって問題が解決するわけでは決してありません。
むしろ病状は進行し、ますます深刻になっていく一方です。
心を静め、清濁併せ呑む度量がなくてはならないのかもしれません。
1人ではとても無理でも、喉頭がん名医の助力があれば、どうにかなるのかもしれません。

逃げるのではなく、向かっていく気持ちを持てば人生は変わるのかもしれません。
医療ミスはフジテレビでもTBSでもテレビ朝日でも散々報道されました。
日本テレビやNHKも同じです。
しかし、喉頭がん名医に手術を受けることが、即医療ミスにつながるわけではありません。

むしろ、事故を防ぐために医師や医療機関を選ぶのです。
世界に絶対はありませんから、医療ミスが100%起こらないとは限りません。
それでも、生存率を上げるために取れる手立ては取っておくというのが、患者としてできることの全てです。
その一環として喉頭がん名医を見つけ、相談をすることが必要になります。

いくら出会うことができても、うわべだけの関係にしてしまっては、効果は半減です。
病気のことだけではなく、心の問題まですべて打ち明けることで、自分が背負っている荷物を相手にも肩代わりしてもらえるかもしれないのです。
自分の肩にはひどく食い込む重荷でも、相手によっては全然平気ということもあります。
そのパートナーとして喉頭がん名医は欠かせない存在でしょう。

テレビからは絶え間なく多くの情報が流れてきますが、それは大衆に向けられたものです。
病気で死を目の前にしているという背景を持つ、限られた患者に向けて放送されているわけではないのですから、それもやむをえないことでしょう。
そんな悲劇的な苦境にあっても、喉頭がん名医なら奇跡を起こしてくれる可能性があるのです。

諦めて歩みを止めてしまえばそれまでですが、必死に前進しつづける限りは、希望は消えないのです。

«  | HOME |  »

闘病記目次

参考サイト

闘病生活が暮らしの中心に据えられるようになり、健康のありがたみを今さらながらに感じることになりました。

それまでは当たり前だった健康が、患者という立場になってようやく理解できるようになったのです。

あまり縁のなかった病院にもすっかりなじんでしまい、人間の適応能力には良くも悪くも感心しています。

いざ病気になると、保険や治療費といったお金の問題や、完治はできるのか、信頼できる主治医はどこにいるのか、病院選びの方法はどうするかといった様々な疑問が浮かんできます。

それを誰に質問したらいいかが明確であれば問題はないのですが、実際にはなかなか分からないところが問題です。

病院選びの方法を病院で聞くわけにはいきませんし、知り合いになんでも質問できる医師がいる人は限られているでしょう。

最先端医療技術や最新治療法についても精通していて、なおかつ気さくに話し掛けられる医師というのは、なかなかいるものではありません。

ただ、それでも諦めるわけにはいきません。

生きているうちに何がしたいか、もし病気が完治したら何をしたいかを想像してみると、闘病生活を送る気力が湧いてくるでしょう。

抗がん剤の副作用や手術のリスクをしっかり理解するために、気兼ねせずに一つ一つの治療方法について確認し、納得するように心がけることが必要です。

朝目が覚めたら、病気の告知なんて悪夢でしかなかったということになることを、幾日も真剣に願いましたが、現実逃避をしている間にも、病気は進行していきます。

当たり前ですが、これまではこうして深刻な闘病生活を送ることなど考えてきたわけではありませんので、病院だって家から近いというだけの理由で選んできたぐらいで、権威と呼ばれるような医師を探すようなこともありませんでした。

しかし、慣れないこともしなくてはなりません。

問題に優先順位をつけて一つ一つ解決していくしかありません。

当サイトがそのお役に立てることを願っています。