喉頭がん治療の記録を残す



喉頭がん治療を病院側のカルテのようなものだけではなく、患者としての立場で記録を取ってみることにしました。
初めは日記のようなつもりでしたが、そこに大きな意味を見出せるようになってきました。
自分の闘病生活の足跡を残していると、勇気が湧くだけではなく、おかしな診断をされていないかという確認もできるので、保険にもなります。

患者側で自主的な取り組みを行うことは、喉頭がん治療の記録を取ることに限らず、自身になります。
相手は専門家であるからと、全てを病院に投げ打つのと、自分にできることを考えて実行するのとでは、自信の持ち方が違います。
自主的な取り組みには、その中で得られる自信というものがあります。

誰の指示があったわけでもなく、喉頭がん治療の記録を残そうと決意したのは、あくまで自分にできることを追及した結果でした。
日々の愚痴のようなものも無かったといえば嘘になります。
闘病生活は暗く険しい道ですから、華々しいエピソードの連続というわけにはいきません。

それでも自らの喉頭がん治療を思い返す道具として、記録は有用なものです。
名医や権威と呼ばれる医師たちが手を尽くしてくれたことを思い出すと、胸が温かくなります。
まるでバロック様式の建物に囲まれたルクセンブルクの街に降り立ったときのような不思議な高揚感を覚えます。

喉頭がん完治に至るまでの道のりは、決して生易しいものではありませんでした。
それでも諦めることなく歩んでこれたのは、決して自分ひとりの力ではなく、家族や友人、多くの知人の支えあってのものです。
名医や看護士、病院関係者の方たちの助けなくして、喉頭がん治療に前向きな気持ちを持つことはできなかったでしょう。

有名な女優がテレビドラマで見せた笑顔に、嘘よりも真実が隠されているような気がしたのは、自分が病気になって気が弱っていたからでしょうか。
若い人たちの青春というものがどういったものであるかなど、あまりにも遠い過去になってしまい、想像もできません。
少なくとも、喉頭がん治療に毎日頭を悩ませてなどはいないでしょう。

就職や進学のことで思い悩んでいたことなど、もはや遠い昔のことです。
新宿の高層ビルの下を歩き、都会の公園のベンチで体を休めることも、もうないのでしょう。
込み合った電車に乗ることも、喉頭がん治療に専念する今となっては、なくなっています。

日本の首都であるという以上の意味を、東京という街は持っているような気がします。
あの大都市で、100メートル走のように駆け抜けた日々が、今では懐かしく思い起こされます。
喉頭がん治療とはまるで無縁であった懐かしき過去は、記録によって、取り戻されつつある実感があります。

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参考サイト

闘病生活が暮らしの中心に据えられるようになり、健康のありがたみを今さらながらに感じることになりました。

それまでは当たり前だった健康が、患者という立場になってようやく理解できるようになったのです。

あまり縁のなかった病院にもすっかりなじんでしまい、人間の適応能力には良くも悪くも感心しています。

いざ病気になると、保険や治療費といったお金の問題や、完治はできるのか、信頼できる主治医はどこにいるのか、病院選びの方法はどうするかといった様々な疑問が浮かんできます。

それを誰に質問したらいいかが明確であれば問題はないのですが、実際にはなかなか分からないところが問題です。

病院選びの方法を病院で聞くわけにはいきませんし、知り合いになんでも質問できる医師がいる人は限られているでしょう。

最先端医療技術や最新治療法についても精通していて、なおかつ気さくに話し掛けられる医師というのは、なかなかいるものではありません。

ただ、それでも諦めるわけにはいきません。

生きているうちに何がしたいか、もし病気が完治したら何をしたいかを想像してみると、闘病生活を送る気力が湧いてくるでしょう。

抗がん剤の副作用や手術のリスクをしっかり理解するために、気兼ねせずに一つ一つの治療方法について確認し、納得するように心がけることが必要です。

朝目が覚めたら、病気の告知なんて悪夢でしかなかったということになることを、幾日も真剣に願いましたが、現実逃避をしている間にも、病気は進行していきます。

当たり前ですが、これまではこうして深刻な闘病生活を送ることなど考えてきたわけではありませんので、病院だって家から近いというだけの理由で選んできたぐらいで、権威と呼ばれるような医師を探すようなこともありませんでした。

しかし、慣れないこともしなくてはなりません。

問題に優先順位をつけて一つ一つ解決していくしかありません。

当サイトがそのお役に立てることを願っています。